相撲について

歴史

 

相撲の起源

我が国の相撲の起源としては、古事記(712年)や日本書紀(720年)の中にある力くらべの神話や、天覧勝負の伝説があげられます。
相撲はその年の農作物の収穫を占う祭りの儀式として毎年行われ、これが後に宮廷の行事となり300年続くこととなります。

戦国の力じまん

鎌倉時代から戦国時代にかけては武士の時代。
武士の戦闘の訓練として盛んに相撲が行われました。
織田信長は長く相撲を愛好し、元亀・天正年間(1570~92年)に近江の安土城などで各地から力士を集めて上覧相撲を催し、勝ち抜いた者を家臣として召し抱えました。

江戸文化と相撲

江戸時代に入ると浪人や力自慢の者の中から、相撲を職業とする人たちが現れ、全国で勧進相撲が行われるようになり、江戸時代中期には定期的に相撲が興行されるようになりました。将軍上覧相撲も行われ相撲の人気は急速に高まり、今日の大相撲の基礎が確立されるに至りました。相撲は歌舞伎と並んで一般庶民の娯楽として大きな要素をなすようになりました。

江戸時代から変わらぬ姿

大相撲は、長い歴史の中で次第にルール化され、洗練され、様式化されてスポーツとしての形態を整え、我が国固有の伝統文化となりました。

品格

土俵祭

本場所前日に開催される「土俵祭」は、土俵に神様をお迎えし、15日間の場所の安泰を祈願する、厳かな儀式です。
神官姿の行司が祭主になり、お祓いをして祝詞をあげます。
千秋楽には土俵にお迎えした神様を天上にお送りする「神送りの儀式」を行います。

吊り屋根(屋形)

国技館の吊り屋根は伊勢神宮などと同じ神明造りです。
屋根の四隅には青(東)・赤(南)・白(西)・黒(北)の「四房」が見えます。
それぞれ青龍・朱雀・白虎・玄武の四神を表し、神聖な土壌を守護する役割があります。

清めの塩

地の邪気(悪い気)を祓い、土俵を清める意味から、土俵には「清めの塩」をまきます。
塩には殺菌効果があるので、すり傷や切り傷の化膿止めにもなります。
一場所で約六百キロ使われます。

四股

力士の足腰を鍛え、体をほぐす効果もありますが、古くは「醜」という字が当てられ、足下の地面に潜む邪悪なものを踏みつけて、封じ込める意味が込められています。

横綱土俵入り

化粧廻しの上に綱を締めた横綱が、行司の先導で、露払い、太刀持ちを従えて土俵に上がり土俵入りを行います。
土俵入りの型には「雲龍型」と「不知火型」の二種類があります。

案内所(お茶屋さん)

案内所で予約していただくと、一般入り口とは違う相撲案内所入口から入場。
たっつけ袴姿の出方さんに席まで案内してもらえます。
食事や飲み物などを出方さんにお願いすると、席まで届けてもらえるサービスも。(要事前予約)

相撲博物館

国技としての相撲資料の散逸を防ぐため、昭和29年に開館しました。
錦絵や番付、化粧廻しなど相撲に関する資料を収集、保存し、年6回の展示をしています。

相撲豆知識

土俵の大きさ

土俵の直径は、土俵のできた江戸時代当初より13尺(3m94cm)であった。
これは二人の人間が手をつないで伸ばした手で円形を描いた大きさが、最も適した広さとされていたからである。
現在、土俵は「高さが34~60cm、一辺が6m70cmの正方形に土を盛り、その中央に直径4m55cmの円を20俵の俵で作る」と決められている。

正式の土俵で使用する俵の数は全部で66俵である。
東西南北にある4つの徳俵は、土俵の円の直径より俵ひとつ分だけ外側に飛び出している。
相撲が屋外で行われていた時代に、土俵にたまった雨水を掃き出すために俵をひとつ分ずらしていた名残りである。
形成不利の力士が俵ひとつ分だけ得をすることから、徳俵と呼ばれている。

4色の房

土俵の屋根の四隅を飾る四色の房は、それぞれの色が四季と天の四神を表わしている。
正面から左に、東の青房は春と青龍神、南の赤房は夏と朱雀神、西の白房 は秋の白虎神、北の黒房は冬と黒い亀の玄武神である。
この天の四神は、土俵を守護する意味で四隅に祭られている。
天の四神は高松塚古墳の壁画にも描かれて いた。

力水と力紙

呼び出された東西の力士が、土俵上で一礼し、四股を踏んだ後に、前の取組で勝った力士から柄杓で力水をつけてもらう。
そして力紙で口元をぬぐう。この一連 の作法を「力水をつける」といい、約1200年前の平安時代の相撲節会の頃から行われてきた。
また、相撲が長引き、中断することを「水入り」という。これはもう一度力水をつけてから、相撲を再開するところから由来する。

清めの塩

清めの塩をまくのも大切な所作である。
塩をまく所作は、地中の邪気を払い土俵を清める意味と、力士が怪我をしないことを祈り、擦り傷などの殺菌効果もかねている。
現在本場所では、一日約45kgの塩が使われる。

蹲踞をして塵を切る

対戦する2人の力士が、腰を下ろして向かい合う姿勢が蹲踞である。
蹲踞は相手を敬う所作でもある。 仕切線の前で蹲踞をし、両手を前に出して手の平を打ち、左右に広げ手の平をかえすことを「塵を切る」という。
また、両手を左右に広げて手の平を見せるのは、武器を持っていないことを示し正々堂々と素手で闘うことを誓う意思表示でもある。

四股

力士は、土俵に上がると大きく2回四股を踏む。
四股は、邪気払いの力があるとされ、土俵上で四股を踏むのは意味のある儀式とされている。

立合い

両力士が互いの呼吸で立ち上がる瞬間、これが立合いである。この立合いは、“阿吽の呼吸”で行う。
この”阿吽の呼吸”は仏教用語で、寺院の門の左右に控 え、寺院を守護している仁王や神社の狛犬に由来する。
一方の仁王は、口を開いて息を吐いている。この形相が“阿”である。
もう一方の仁王は息を吸い込み、 口を閉じている。これが“吽”である。